桂離宮の歴史

桂離宮は、江戸時代に八条宮智仁(ともひと)親王が建てた八条宮家の別荘でした。 智仁親王は、17世紀初頭に京の地を得てから、類まれなる文武の才をもって別荘を建築したのです。 このときは、桂山荘と呼ばれていて、西暦1615年に古書院が完成しました。

智仁親王が亡くなって、10年の間は桂山荘は荒廃していました。 そこに、息子の智忠(ともただ)親王が加賀藩前田家の娘を嫁にいれ財政を拡充し 桂山荘の復興と、増築に力を入れたのです。西暦1662年に中書院、新御殿、月波桜、松琴亭、賞花亭、笑意軒を増築し ほぼ今の桂離宮の姿が完成しました。

明治になるまで八条宮家は、京極の宮、桂宮と改称されていきます。 そして、1881年に11代淑子(すみこ)内親王が亡くなるとともに、桂宮の歴史は途絶えました。 その後、1883年に桂山荘は、宮内省の管轄となり名前を、「桂離宮」と改名したのです。

桂離宮は、建造当時から一度も火災に遭っておらず、当時のままの姿を私たちに見せてくれるのです。

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